1966年はビートルズの初来日、ウルトラマンの放送開始などが話題を呼んだ(時事通信フォト)
「先生、少子高齢化が進んでいるのは分かったけど、1960年代半ばの1年間だけ異常に出生数が減っているのはなぜですか。大きな戦争とか災害があったんですか」──記者が中学校と高校で臨時教員をしていた際、社会の授業で人口ピラミッドや出生数のグラフを提示すると、こうした質問を必ず受けた。生徒にすれば、なだらかな人口減少が続く少子高齢化よりも謎の出生減の方が気になって当然だ。
1966(昭和41)年の日本の出生数は136万974人(前年比46万2723人減、33.9%減)。当時の統計史上、最低の数字を記録した。これが「昭和の丙午(ひのえうま)」である。その丙午にあたる年が2026年、再び巡ってくるのだ。
丙午は十干十二支のひとつで60年ごとに巡ってくるが、その年に差しかかるたびに、「この年生まれの女性は気性が荒い」「夫に災いをもたらし、食い殺す」「この年に女子は産まないほうがいい」などの迷信が流布されてきた。これはもちろん科学的根拠のない、全くのでたらめだ。しかし、この現象は社会を揺るがす大騒動になり、前述の「昭和の丙午」はすさまじい人口減少を引き起こした。
そんな「昭和の丙午」世代の女性たちは、どんな境遇で育ってきたのか。1966年11月30日生まれのユリカさん(仮名・59歳)が振り返る。